地獄天国タイ移住

地獄天国タイ移住
タイ移住の手引書みたいなもんです。
オイラも健康に不安がないまま現在の年齢になっていれば、今頃はそこそこ真剣に考えていたと思います。
しかし、幸か不幸か、月に一度は定期検診を受ける「健康状態に不安あり」な身なってしまったので、海外移住は想定の範囲外のこととなってしまいました。
したがって、本書に対する姿勢も、真剣さがないというか、率直に言って”他人事”です。

本書では、タイの中でも移住先として勧めているのが首都のバンコクではなく、南部のビーチか北部の山間部か東北部の田舎暮らしです。オイラももし住むならバンコクは嫌だなと思っていたので、この意見には同意です。
しかし、本書のターゲットが、まだ定年前の中高年あたりに設定されているのか、「タイで起業するには」だの、「ネットで株取引をするには」だのと、まだまだ"生臭い"というか、"俗世間との金銭的つながり"についての助言が目立ちます。
”他人事”として読んでいるオイラには、「そんな危ない橋を渡らなくても、物価の安い国で、のんびりと日々を暮らしていければいいんじゃないの。」と、”他人事”であるが故の覚めて目で読んでいました。
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世界の産声に耳を澄ます

世界の産声に耳を澄ます
2017年5月30日発行だから、石井光太の最新作と言っていいでしょう。
行きつけの図書館の蔵書にあるのは知っていましたが、いつも貸し出し中でした。
きっと人気があって順番待ちをするほど予約殺到中なのだろうと思っていたのですが、先日図書館を訪れた際、予約状況を調べてもらったら、「次の予約はありません」と言われたので、「それなら」と予約してやっとゲットしました。

石井光太は、「物乞う仏陀」以来、社会の最底辺に暮らす人々を扱うルポに真骨頂を発揮している印象がありますが、実はフィクションもなかなかイケます。ハンセン病を扱った初の小説「蛍の森」は、オイラの中ではかなり高い評価を得ています。
この作品は、確か「〇〇年度のオイラのベスト1」に選ばれてもいたはずです。(ま、何の権威もありませんけど・・・)
その後に書かれた小説、「砂漠の影絵」もなかなかイケてました。

本書は原点に戻って?ノンフィクションです。
タイトル通り、私は2013年から主に途上国のお産と育児をめぐる旅に出ることを決めた。というわけです。
第一話 ミャンマー 流浪の首長族
       カヤン族のたくましいお産
第二話 グアテマラ 秘境に消えて
       養子ビジネス
第三話 ホンジュラス 嬰児の川
       安心してお産ができる妊婦の家
第四話 フィリピン ミルクとココナッツ
       スラムの子供の保護施設
第五話 タイ 子宮貸します
       代理母出産
第六話 シリア・ヨルダン 戦場で産む 砂に描く絵
       難民キャンプでの出産と子育て
第七話 タンザニア アフリカの白い精霊たち
       アルビノをめぐる迫害
第八話 スワジランド HIVの王国
       HIVで両親を奪われるエイズ孤児たち
第九話 スリランカ 家庭の味
       内戦下での児童養護施設の子育て
タイトルの「産声」からは「出産」をイメージしがちですが、本書で扱っているのは「出産」だけではなく、子育てや教育、ひいては子供を取り巻く社会そのものさえも扱っています。

オイラの中で石井光太は、「強烈なパンチを持つKOボクサー」、あるいは「ホームランを打てる長距離バッター」という”ちょっと派手目なプレイヤー”との認識だったのですが、「じんわり効いてくるジャブ」、あるいは「守備側が嫌がる渋いバント」などの、有効だけど地味目な”小技の使い手”でもあるようだと、本書を読んで認識を改めることにいたしました。

沖縄ウチナー

沖縄ウチナー
再び鎌田慧の重い重い本です。
最近、チビチリガマが荒らされたことがニュースになっていましたが、チビチリガマとは沖縄各地で行われた集団自決の現場の一つです。
本書P149にはチビチリガマについて次の記述があります。
チビチリガマは、巨大な墓地となった。なかには、いまだ人骨が散乱している。入り口に、彫刻家である友人の金城實が、84年4月に完成させた「平和の像」があった。が、完成から七か月にして、何者かによって破壊された。遺族たちもいっしょに汗を流してつくった、肉親への鎮魂をこめたモニュメントだった。破壊の跡をみて、「二度殺された」と憤慨した遺族がいったという。いま、その一部が復元されてある。
集団自決については、沖縄戦の悲惨さ、つまり「生きて虜囚の辱めを受けず」を盲信した日本軍が沖縄の民間人を死に至らしめた”事件”ととらえるのが一般的ですが、曽野綾子を代表とする一部の人々は、この集団自決を肯定的にとらえている人々もいます。さらには「集団自決などはなかった」と思いたがっている人々もいます。
引用にあるように、そうした人々にとっては、チビチリガマなどの集団自決現場は「認めたくない現場」であったり、「悲しみを悼むにふさわしくない場」であったりするのでしょう。

今回の”荒らし”は地元の中学生のいたずらだそうですが、この”荒らし”に集団自決に対する何らかの意思がないことを願うばかりです。しかしそれでも、中学生の無知から出た”荒らし”であったなら、地元の学校はそのあたりの”郷土の学習不足”について、大いに反省すべきでしょう。
小学校時代、郷土クラブに所属していたオイラですから、そのへんはウルサイです。

本書は、一般的には喜ばしいこととして報道されてきた、「沖縄返還」・「7.30運動(左側通行化)」・「海洋博」について、当事者である沖縄側の声、特に”ワリ”を食った人々の声が取材されています。
やはりここでも、鎌田の権力に対する批判精神と、弱者の側からの視点にブレはありません。
当時、まだ若者だったか、バカ者だったオイラは、わけもわからず、マスコミ報道に踊らされて、海洋博開催に浮かれていたことを思い出すと、チト恥ずかしいです。

数年前、オイラは「初級沖縄旅行」に行っています。
初級沖縄旅行記の記事はこちら→http://mbay.blog70.fc2.com/blog-entry-1050.html
しかし、その時に行き残した場所がありました。
慶良間諸島の渡嘉敷島です。たしか最初の集団自決が行われた場所だったと記憶しています。
「いつか行きたいなー」とは思っていたのですが、本書を読んだら「沖縄旅行 中級編」への情熱が沸々と湧き上がってきました。
ぼちぼち再訪の時期かも。。。
どうせ海には入らないだろうから、行くなら冬かな。
冬の沖縄って暖かくて、寒さが堪える年寄りには過ごしやすそうです。

世界の新常識

世界の新常識
鎌田慧の本が重い内容だったので、「軽い本でも」と思って読みました。
確かに軽かったけど、あらためてオイラが”常識知らず”だったことを再認識させられました。
●ソウル
●台北
〇北京
●バリ島
〇香港
●ホーチミン
〇シンガポール
●バンコク
〇ティンプー
●カトマンズ
●ニューデリー
〇ドバイ
〇テヘラン
〇ベイルート
〇カイロ
〇モスクワ
〇ニコシア
〇サンクトペテルブルグ
●イスタンブール
〇ヘルシンキ
〇アテネ
〇ブダペスト
〇ドブロブニク
〇ウィーン
〇プラハ
〇ベルリン
〇ローマ
〇バチカン
〇コペンハーゲン
〇ミュンヘン
〇チューリッヒ
〇アムステルダム
〇ブリュッセル
〇パリ
〇ロンドン
〇マラケシュ
〇レイキャビク
〇サンパウロ
〇ニューヨーク
〇ハバナ
〇ラスベガス
●サンフランシスコ
〇バンクーバー
〇ホノルル

●印の都市には遠い昔も含めれば行ったことはあるけど、本書で池上彰が説く”常識”をわきまえていたのは、ニューデリーとホーチミンくらいでした。
ここにあげられた都市に、今後行くようなことがあれば、改めて本書に書かれていることくらいは、”最低限の常識”として頭に入れてから訪れたいものだと思いました。
「知らなければ見えない」は観光旅行だって同じです。

コイズミという時代

コイズミという時代
鎌田慧は、自ら季節工としてトヨタの製造現場を体験し、そこでの過酷な労働を告発したルポ「自動車絶望工場」の著者ですから、格差・二極化を生み出した小泉純一郎の”新自由主義”には当然のことながら、熱烈反対の立場です。
ここでは、目次と気になったフレーズの抜粋にオイラの簡単なコメントを加えるにとどめ、詳細を語るのは避けます。だって、長くなりそうなんだもーん。
第1章 軽い言葉と軽はずみな行動が重大事を決める新型恐怖政治
第2章 労働者を崖の端に追い込んで背中を蹴っとばす小泉改革
第3章 「物言えば唇寒し」社会での悪法・愚策の大行進
第4章 「強きを助け弱気を挫く」マスコミの堕落
第5章 われわれが常に見張られている「監視国家」の完成間近
第6章 同時多発テロからイラク戦争まで米国の憎悪と病理
第7章 ついに参戦に踏み切った小泉の歴史的犯罪
第8章 北朝鮮脅威を煽動しながら有事法乱発の軍事大国へ
第9章 原発推進は前も後ろも右も左も全部不正
第10章 行政のムダ遣い体質および捜査・司法のゆがみを告発する
第11章 少年少女の未来をふさぐ選別と偏狭な教育環境

・ジャーナリズムは、権力の行き過ぎを規制するためにこそある。
→その通り。そうであってほしいとオイラも思います。

・91年1月の湾岸戦争で、米国国防総省は情報を徹底的に管理した。
→ベトナム戦争での報道のされすぎがベトナム反戦運動を生んだ。それに懲りたためです。つまり国民への情報公開の制限です。

・戦争の恐怖とは、戦地で人間同士が殺し合いをする、あるいは見えない敵を遠隔操作の新兵器によって殺すという、残虐行為ばかりにあるのではない。戦争を遂行する強権によって、国内体制の支配が強化されることもまた、戦争の恐怖である。
→周辺事態法・盗聴法・背番号制など思い当たることあり。見えにくいけど(見えにくくして?)着々と強化は進んでいる。

・1970年中頃には、東電の報告書に書かれた原発損傷の兆候を、旧通産省官僚が「異常なし」と書きなおさせた事実も判明している。なにがあっても「異常なし」の大本営発表は、原発推進が国策だからだ。
→これって、原発事故を扱った映画「チャイナシンドローム」で告発された”原発側のウソ”と同じです。

・(和歌山毒カレー事件における林真須美被告に対する死刑判決について)
小川育英裁判長の脳裏には、「無罪を証明できなければ有罪」という判断が刻み込まれているようだ。しかし「疑わしきは罰せず」と「合理的な疑いを超える程度に証明されなければ」無罪というのが、裁判の基本のはずだ。有罪を証明できなければ、世論に迎合せず、率直に無罪とすべきだった。
→有罪であることを証明する義務が検察側にあるのであって、弁護側はその証明に”穴”や”落ち度”があることを証明すればいいのが裁判だったはずだけどな。。。そもそも「無罪を証明する義務」なんて、あるはずがありません。
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